蛙の餌は生餌です。コオロギ、バッタ、ショウジョウバエ、蛾、ワラジムシ等です。生餌を調達出来ない人は飼うのを諦めてね☆ フロルフロールは主の後を静かに付き従う。息を潜め、音を立ててずに幽霊のようなイメージを己に確立させる。何故なら、主は虫捕りの真っ最中だからだ。気配がしては虫が逃げてしまう。主の目立つ白金髪は三つ編みにして麦わら帽子を被り、質素なシャツにズボンとソックスに軽快な靴いう出で立ちにて虫捕りに挑んでいる。シノビ顔負けに気配を消し、サムライ顔負けの太刀筋で虫捕り網が動く。フロルフロールも息も心臓すらも止めた。 ……主の刃のように研ぎ澄まされた背中が弛緩した。捕獲成功のようである。 「ご立派です。今日も捕獲成功ですね」 フロルフロールの主へ尊敬の念が浮かべて褒め称えた。 「ええ、早く館に戻りましょう。きっとお腹を空かしていると思うの」 主もフロルフローラの賛美にはにかんだ笑顔で答えた。精神を極限まで高めた後の疲労から額に輝く汗すら真珠のように美しい。気配を消していない主は後光輝くばりの存在ある。 主が何故虫捕りかといえば、理由は生餌として使用する為だ。 当然、「そんな事は我々ががします!」と、他の使用人は訴えるのだが、主は頑と聞かない。毎日毎日、フロルフロールをお供に新鮮な生餌を提供する為に健気に虫捕りに精を出すのだ。 そう、幸福の蛙と呼ばれるあのイボ蛙の為であった…… 主の朝食光景をビョルンヴョルンは無意識に視線を逸らす。 「はい、あ〜〜〜ん」 「ゲコ」 ピンク色の舌がヒュンと動き、主が差し出したコオロギは素早く蛙の口に消えた。 うげぇ…… ビョンヴョルンは胃から酸っぱいものがこみ上げてきた。 主の行為の全てをストーカーレベルの熱い視線で監視しつつ、その気配を悟られないように仕えてこそ真の側仕えだ!と、彼の伯父は熱く、うざく、しつこいぐらいとうとうと語っていた。しかし、真の側仕えレベルに達していないビョルンヴョルンは琥珀のピンセットで主が蛙に生餌を食べさせているラブリー★ツーショットなんて垣間見たくないから、その光景から目を逸らす。 別に蛙が大の苦手だから!とかそんな言い訳はしたくない。幼い頃に罰と称して蛙風呂に放り込まれたとか、蛙を口に無理やり押し込まれたとか、そんなトラウマが理由ではない。 ……そう、ちょっと苦手なだけさ。うん、それだけ。俺と一緒に罰を受けた幼馴染のアイツは大の蛙嫌いになったけどな。今は女だてらにさ、あの『黒の騎士団』に勤めている。相変わらず蛙への憎悪は凄いけど。 この間もアイツ、『蛙様』をわざと蹴り飛ばして帰っていったもんな。蛙のかっ飛び具合から、あれは本気蹴りだろ? 騎士が全力で弱い苛めするのも問題あるけど。実は俺は心で快哉したよ。内緒だけどさ。 でもなあ、お前の元同僚で、あの『鍵騒動』の時に生死を共に過ごした仲間にスゲー態度だと俺は思うぞ。この間もプレゼントしてくれた餌にがっつり毒虫混入したな? 俺がちゃんと排除したけどさ。お前、蛙の生存確認して、露骨に舌打ちしたよな? お前の憎悪に比べたら、俺の苦手意識なんて大したことないよ。しかしなあ、マオ、いい加減に大人になれよ。幼馴染の俺も庇うのには限界があるからさあ…… そんなくだらない物思いにふけつつ、ビョルンヴョルンは何気に隣に視線を向けるとフロルフローラは目を細めて楽しそうにその光景を見守っていた。これもあり得ない…… (こいつ、顔は可愛いけど感性は絶対におかしい) ビョルンヴョルンは同僚のフロルフロールの人間性をそう断定した。 ビョルンヴョルンとフロルフロールの主の職は賢者である。通称「星の賢者」 ドラゴンキャッスルと呼称される天空の浮き島に居を貴人である。蛇足だが、ご近所には「塔の賢者」がいる。 そして主の前職は竜使いである。この世界、船も飛行機も車も馬車も魔法使いから神まで闊歩するカオスワールドだが、王や王妃、王子や姫、貴族や近衛騎士が飛行機のテロップや魔方陣からひょっこり現れるよりも、騎乗してきた竜からヒラリと舞い降りるほうが俄然、絵になるという、見栄え重視の理由に基づき竜は欠かせなかったりする。 勿論、出迎え側のモチベーションが違う。よって、公式訪問は竜にて登場☆、もうこの世界の暗黙の了解である。 その為に、野生の竜を捕らえ、飼いならして調教する竜使いは華麗な演出を裏で支える重要で誉れ高い職種なのだ。 補足情報で、王族や貴族達の地上移動は馬である。やはりこれも見栄え優先が理由である。但し、一般人は見栄えなど不要なので、快適優先な飛行機や車、時間短縮の極みの魔法陣(値は張る)を利用である。 事実、王子の近衛だった前任者の黒騎士の竜に騎乗する様は、ビョルンヴョルンも密かに憬れたぐらい格好良かった。鳶色の髪の立派な体躯の青年騎士が華奢な王子に付従うツーショットを掲載した雑誌や新聞の売り上げは凄かったそうだ。その後の後任の可愛らしい黒髪の少女少年騎士と王子のツーショットも同じように売り上げ貢献にしたということは追記しておく。 (それがいまじゃぁ、あの姿だ。ありえねぇだろ、『蛙』なんてさ……) 王子の近衛騎士が今は蛙。襲撃の際に王子を庇って魔法をかけられた為だ。襲撃者たる魔法使いの行方は未だ不明で、魔法の解除も出来ず、蛙では騎士の役目が果たせないので、お役御免で放逐されたところを我らが心優しき主様が引き取ったというわけだ。実際、今の蛙の状況は三食昼寝付の高待遇である。 でも、全然羨ましくはない。蛙な一生なんて。そんな状況をもろ手を挙げて歓迎する馬鹿はいないだろう…… ビョルンヴョルンは彼の過去の栄光と現在の零落差に心で男泣きするのであった。