一生懸命に訴えているが、彼女の耳には届かない。いつも記憶があるわけではないからチャンスは少ない。どうして彼女は気づいてくれないんだ! 畜生!! 事の発端は主の呟きだった。 「運命って素敵だね。こんな風に劇的にドラマティックだったら本望だよ」 主は本を閉じてうっとりと溜め息をついていた。 内容は蛙がお姫様に口付けされて王子様に戻って幸せに暮らしました。そんな内容の異世界の童話だ。 王子には申し訳ないが彼の呟きはホンには共感出来ない。蛙にキスする姫はどう考えてもゲテモノ趣味だし、キスされるのを待っている王子の他力本願は由々しき問題だ。 「真面目に考えすぎ。数ある困難を乗り越えて結ばれる<運命の二人>がポイントなんだよ」 「はぁ……」 「彼女ともこんな運命だったら僕達、別れなくてすんだのかな……」 王子はせつない溜め息をついている。 「………」 この件に関しては沈黙が金だ。どんな運命でも最後には破局したに違いない二人だったというのが、大多数の意見だ。ホンもこの意見に一票である。最初から水と油の二人だったのだ。 運命の恋に「何度も」破れている王子だがこの度の破局はかなり堪えているようである。傷ついた痛手を静かに癒す時間はまだ必要かもしれない。本来ならそろそろ仕事をしてくださいとお説教したいのだが、今日はやめておこう。ハンは静かに一礼をして部屋を後にした。 「運命の恋と姫からの口付け。そして蛙の王子」 ホンは気づかなかった。そう呟いた王子の顔には何時もの無邪気を装いつつ、悪魔のように悪戯をしでかす笑みが復活していたことに…… 「ゲコー! ゲコゴコロー(なんて事をしてくれるんですかー 早く魔法を解いてくださいよ!)」 オレの口から飛び出すのは蛙の鳴き声だ。水盤の中から主を見上げて必死に訴える。冗談じゃない。どうしてオレが「蛙」にならなければいけないんだ!? 「だから、運命の相手に口付けされたら魔法は解けるから安心してよ」 王子はニコニコと満面のエンジェルスマイルだ。 珍しくも王子が自ら入れてくれたお茶(彼のお茶は絶品だ)をホイホイ飲んだ結果がこれである。油断していたオレが馬鹿だった…… そう、王子の護衛役であるホン・ハンこと、オレは彼の悪戯によって蛙にされてしまったのだ。 それも運命の相手のキスで魔法が解けるオプション付で。 「ああ、それと時間が経ちすぎると「本当の蛙」になるからね。なるべく早く運命の相手と口付けしてね。僕の魔法は完璧すぎて、そこらいらの融通が効かないんだよね。天才はこれだから困っちゃうよ。ハハハ」 笑いごとぢゃねーよ。この腐れ外道王子!! 嗚呼、神様、いや悪魔でも、魔女でもいい。誰かこのクソ王子に天罰を与えてください…… そして、オレの後任の新米騎士のマオ・シンユンと旅にでるのはこの十日後のことだ。