「世界は自由で公平なんです」 そんなわけないだろう。えこひいきの塊だよ? …そんな風に思えるキミがボクはねたましいんだ マオは超絶不機嫌だった。無理もないだろう。朝も早くから雲上の塔と評判の最上階まで出向こうと思えば誰だってそうなる。ただでさえ超過勤務で疲れている。悪いが塔の主が徒歩で移動することは絶対にありえない。常識で考えれば魔方陣を使用するに決まっている。ひきかえ、新米の騎士であるマオは最上階まで徒歩の選択肢しかないのだ。 (なにが、「若いから大丈夫だww」よっ! 副団長め!! 自分の毛○え薬くらい自分で受け取りに行けっつーの!今更手遅れだって。どこに毛根があるのよ? ツルツルピカピカじゃない! 絶対に感謝祭の時に酔っ払ったふりして頭に落書きしてやるんだからね!!) ……それにしても辿り着かない。おかしい。先月は(これも副団長の毛は○薬のためだったww)この時間には着いた。なのに今回は螺旋階段が延々と高く伸びている。はっきし言って先がわからない。天まで届く勢いである。やっと、マオの顔に血の気が引きはじめた。 ……まずい状況かもしれない。 「え〜と、やっちゃった?」 「どーしよう…… これが団長にばれたら、説教部屋でしょ。ヤバイいな〜」 マオの所属している黒の騎士団は伝統がある。だから、規律だの誇りだの中々、ウザイ煩いのだ。新米とはいえ、初心者Lvのトラップに引っかったがバレたら説教部屋での小言∞が決定だ。創立の由来から始まって過去の偉業・功績・信条・戒律・自主的に重んじるもの・座右の銘・etc… 何か悩みがありますか? 病んでませんか? 自分でよければ相談に乗りますが? だからこれ幸いと八つ当たりは止めてくれ!!的な肉体的にも精神的にもダメージを受ける説教を講義されるのだ。これを聴講した元同僚は耳鳴りの後遺症がでていた。 その彼はどうしているだろう? 元気だろうか? 何かと女の癖にと難癖つけて、意地悪でいけ好かない奴だったが、ある日突然、荷物も残したままプッツリと行方をくらましたら誰だって心配はする。彼女とは険悪だったが、他の同僚との関係は良好で失踪理由が分からないのだ。みんな心配している。そして彼が行方不明になったため、彼の代わりにとマオが王子の護衛役に任命された。その結果、周囲から一段と陰口をいわれるようになったのだ。 「女はいいよな。いざとなれば体使えばいいんだからな。うらやましいよ」 「もう、使ってるだろ。俺達にもしてくれよ。見返りはないけどな。ハハハ」 「あんな年端もいかない子供とやるのかよ。サイテーだろ? モラル欠如だな」 「だから騎士団の評判がさがるんだ。女はおとなしく家で亭主の相手してろよ」 「ホンがいなくなっちまったのもアイツがやったんじゃね? ホンの後任についただろ」 「マジかよ!? 司法長は調べないか?」 「バーカ、証拠残すわけねーじゃん ゲラゲラ」 どうして女というだけでここまで馬鹿にするの? 自分は正々堂々と入団試験を合格した。力のハンデもあるからその分、他でカバーできるよう努力もしている。なのに、実力をつけるほど非難、陰口が増していくのだ。マオは階段にしゃがんで膝に額を押し付け、涙を堪える。自分はもう騎士になのだからむやみに泣いたりしないと自分に言い聞かせた。 (酷い奴らだね、キミはそんなに頑張っているのに) (楽になるよ、こっちにこない?) (だれもキミを傷つける奴はいないよ) 滅多にしないミスの焦りと不安からか、非難、中傷、蔑み、否定、過去に傷つけられた言葉とそれを慰める優しい言葉が頭の中をのぐるぐると回り、溢れ、彼女の心を押し潰し、思考に霧がかかる。どこかでおかしい?と理性が告げるが、すぐに失望にすり替わる。そして思考はどんどん悪く傾き、ぷつりと切れた…… 「やっぱり、私には無理なのかな? ご先祖様のようにはなれないのよね……」 マオはフラフラ立ち上がった。゛楽になりたい゛ それだけが心を占める。この優しい言葉達に従えば楽になれる。そして、導かれるように吸い込まれるように自ら螺旋階段の中心の吹き抜け空間に飛び込んだ。 (そうそう、その調子だよ。あともう一歩。さあ勇気をだして、こっちにおいで) (……いい子だね。よくできました。これで、キミも僕らと一緒に未来永劫にこの塔を彷徨うんだ。ギャハハハ) ゛ああ、だまされた゛と気づいたが、もう遅い。嘲りの笑いを最後に無限の底に落下していくマオは意識を失った。 「やっと気づいた。遅いよ…… でもそこが可愛い(ハート」 キィは部屋の中央にある鏡に映し出されているマオへ話しかける。カッカッと湯気出して突き進むから、そうなるのだ。あれほど簡単な仕掛けを見逃すなんて、新米とはいえ情けない… 彼女が引っかかったトラップは泥棒避けの簡易な仕掛けだ。とはいえ、幻術をかけられた入り口を発見出来なければ半永久的に彷徨うのだが。 「どうします?」 部屋の主はキィの問いかけを無視して、水晶玉にブツブツと何か唱えている。 「……無視ですか」 はなから返事は期待していない。というより、キィが来訪したことを知っているかどうか怪しい。扉には鍵はついておらず誰でも自由に出入りできるオープンな環境である。だからキィもちょくちょく、この部屋に遊びに来る。部屋の主は基本、放置プレイで対応だ。キィ専用のマイカップ、マイ茶葉スペースを棚の片隅につくっても文句も出ない。そんなわけで、たまに土産持参ぐらいは心がけている。この状態は双方にとっても中々の良好な関係だと思う。よって、ここはキィが動くべきだろう。 「恩は売っても損はないよね。それに夏の賞与10%カットしても文句いえないよね?」 差額はもちろんキィの懐に入る。騎士団に還元しても団長の懐が暖かくなるだけだ。彼に渡ったら酒代に消えるがオチだ。それならキィが貰った方が有意義だ。さて、彼女のしょぼくれている表情も堪能したし、助けてあげるとしよう。 彼は懐からとりだした鍵を愛用の鍵付手帳のベルトの鍵穴に鎖しこみ、無造作にページを開いた。そこには落下中のマオの姿が映し出されいた。そして彼はページの彼女の腕を?んで(!)引っ張りあげた。