「何時まで、隠れているんだい?」 「おや、バレてましたか。お久しぶりです。流石、魔女殿、素晴しい慧眼ですね」 「つまらない世辞はよしとくれ」 魔女はフフンと鼻でせせら笑った。壁に描かれた扉から王子キィが顔を覗かせる。一般人にはただの絵でしかないが、魔法を使用する者達には実用性のある扉である。魔女がマオと三匹のお供を魔方陣で地獄へ放り込んだ直後の会話である。 「鍵は浄化できそうですか?」 「するしかないね。王の儀式は明後日だ。それにしても、あんたの悪戯には困ったもんだね。王の白髪が増えたのはオマエさんが原因だろう」 最近の王は渋い表情が板につくようになった。若さが抜け、いぶし銀が増したと言えば聞こえがいいが、単に心労の結果、しかめっ面が増えただけである。 「失敬ですね。原因は王妃ですよ。王妃の行動も僕に劣らず愉快ですから」 「……お互い、擦り合いだね。その台詞、そっくり王妃が愚痴っていたよ」 先日、遊びにきた王妃は魔女に王子の愚痴を散々ぶちまけて帰っていた。 「僕達、そういうところ、気が合うんです」 「まあ、くれぐれも王が倒れない程度の悪戯までにしておくれ。まだ、候補は現れていないからね」 魔女が王子に釘をさす。この世界の「王家」に血筋は存在しない。王の寿命が尽きるたに新たな王候補が複数、誕生して、選ばれた者が記憶を継承して新たな王となるのだ。王妃や王子・姫も叱り。この世界の王家とは血の繋がりも、年齢もバラバラな者達の集団なのだ。 「当たり前ですよ。もう、そのお小言は王妃に言ってください。僕は王に誠心誠意込めて王のサポートに尽力していますよ?」 「……そういうことにしておくよ」 魔女は王子との不毛な会話を切り上げ、壁掛けの鏡をみた。そこにはマオと三匹が映しだされていた。 「そろそろだね」 魔女は呟いた。 血の池地獄の上空に、細い光が差し込む。地獄の澱んだ空気がそこだけ払拭される。次元の穴が開いたのだ。王子が鍵を地獄に落とす穴が。 「背に乗ってください。あそこまで、一気に跳びます」 白毛狼の示唆にマオは急いで背に飛び乗る。 「しっかり、掴ってくださいね」 「は、はい」 マオは背の毛をぎゅっと掴んだ。 「きた! 行きますよ」 流れ星のように強く輝く光が出現し落下していく。目的の鍵だ。 白毛狼は、四肢に軽く力を入れて、光めがけて跳躍した。 なんて、面倒なんだろう。たかが、鍵一つで、右往左往の騒動だ。理由は人間が片をつけるから。自分達が行動すればあっという間に片付く問題なのに。 鍵には神様関係者は触れてはならない。人間の犯した罪は人間が償うべき。それがこの度の、そしてこの世界のルール。王子が禁色の森の泉に勝手に鍵を放り込んで泉が穢れた時、怒り心頭の白毛狼は王子を噛み殺そうとしたが、月神様に止められた。 ――人間の愚かさすら、愛しきもの。赦してあげてね―― その理不尽すぎる言葉(正確には命令だ!)に渋々引き下がったのだ。魔女も仕方が無いねぇ、と肩をすくめただけ。本当に、月神といい、魔女といい、「人間達」には甘い。一度くらい、自分のように思いっきりお仕置きされればいいのにと白毛狼は内心、憤慨している。 白毛狼が(実は)人間を嫌っていても、仕える神が人間贔屓なのだから、仕方がない。だから、自分も人間にも優しくする。白毛狼の粗相が月神様の評判に繋がるのだ。宮仕えは辛いものだ。 そんな不満たらたらな集中力の欠けた行動が、不幸な結果を招くことになるのはお約束である。 「やった! 成功!!」 王子が次元の隙間から落とした穢れていない鍵をキャッチして、代わりに己の持参した穢れた鍵を血の池地獄に落としたマオはガッツポーズを決めた!! 直後に白毛狼がクルリンと空中でUターンした。 「うわっ、うげっ!」 が、マオは体がその反射の対応できず、空中に投げ出される。 「しまった!」 白毛狼は慌ててマオの首根っこを咥えて落下を防ぐ。 「あ、ありがとう」 「いやぁ、こっちこそ、ごめんね。怪我はない?」 白毛狼は恐縮して謝る。折角ゲットした鍵が血の池に落ちたら元も子もない。 「はいはい、無傷です。えっ!?」 「あ゛……」 「この、馬鹿狼ーーーーー!」 会話をすれば口が開く。マオを空で咥えていた白毛狼が会話の為に口を開けば…… 再びマオは落下していった。 【フム、鍵の回収のやり直しか…… 蘇生式も必要だな】 青い鳥の冷静な状況分析な呟きと、 「ゲッコーーーーー!」 焦る蛙の叫びが地獄に木霊した。