落ちる、堕ちる、マオは空を落下する。このまま血の池に墜落すれば生者でなくなる。鍵も穢れる。何より、鍵を回収する為に、再び過去渡りをする羽目になる。 自分はか弱い乙女です。どうしてあの体の内側からひっくり返された挙句にみじん切りにされたような感覚をの生き地獄を何度も味わう必要がある? ……そんなの、絶対嫌!! マオは拳に気を集中した。全身全霊の気を拳に込めて墜落場所目掛けて放った!! その直後、轟音と振動と亡者と血水がはらはらと地獄の闇空へ舞い上がっていく。 血の池は底が現れ、血水の水溜りと周囲に呻く亡者達が散乱する光景もシュールである。マオの放った拳打の衝撃にて、空に吹き巻き上げられた亡者と血水が地面に叩きつけられた結果だ。 「無茶するねぇ。何時か死ぬよ?」 「………!!」 「聞こえないなぁ。まっ、いーけど。嗚呼、これは貰うよ。王に渡さないといけないからね」 池の底で大の字になって青息吐息なマオから鍵を回収したキィは微笑みながら、ツンツンとマオを足蹴にした。 「どうして、僕がここにいるのかって? 僕は王子だよ? 地獄に来るなんて簡単に決まっているじゃないか。ツマンナイ事、言うもんじゃないよ」 「…………○×△!」 「そういう、生意気な口を利くと、お仕置きするよ?」 折角、迎えにきたのにね。キィの小さな呟きはマオには届かない。 王子はマオを馬乗りに押さえつけた。片手で両手首を押さえつけられ、もう一方が咽喉元をやんわりと締め付ける。 「ひっ……!」 マオは恐怖で硬直した。怖い、丹精な表情から邪気が隠すことなく漏れている。猫に睨まれた鼠の気分だ。 「僕が恐いかい?」 謳うように囁きかける。 金の巻き毛、翠の瞳の可憐な美少年(但し、年齢不詳)、浮名を流し、神様さえも誑し込む(との噂有り)、そしてその本性は…… マオが回答するより先にキィに唇を奪われた。深く丹念に吸われ、翻弄され、解放された時、マオは別の意味で腰砕けとなった。表情も青くなったり赤くなったり思考も騒乱状態だ。 二人の周囲が輝き始める。過去渡りと次元移動の二重呪文のスペシャル魔方陣だ。魔女が足元を見て高く吹っかけやがったが、他で取り返せばいい。 「悪戯はするけど、最後は寝所だから、安心してね」 チャンスは生かすべきだろ? 疲労困憊で弱っている猫を捕らえて、躾ける絶好のチャンスじゃないか。僕は好機を見逃す頓馬野郎でないからね。 キィは羞恥と恐怖で混乱している猫に対して、優しく優しく、躾を開始した。 魔方陣が発動しはじめている。キィがマオだけを連れ帰る気だ。鍵は回収され、新しい玩具も手に入れた彼は地獄にいる必要はない。 【助けに行かないのか?】 人当たりの良い、でも人間嫌いの白毛狼は珍しくあの小娘を気に入っていたようだが。 「濡れ場を邪魔するのは野暮だと思いますけど」 そこまで、不自由していない。失礼な鳥野郎だ。 「ゲゴゲゲ! ゲゴゴ」 マオを助け出そうとする蛙を前足で押さえつけ、青い鳥と白毛狼の会話が飄々とされている。 亡者と血の池は悲惨な事になったが、神様関係の彼らはちゃっかり無事だ。新米騎士とはいえ、王子の護衛に付くだけある。イザという時の馬鹿、いや底力は大したものだ。鍵回収役としては適任だったということか。 【小さな子供によくある愛情表現だが】 王子の愛情表現を青い鳥は指摘する。 「苛められる方は辛いですよ。一方通行は特にね」 魔方陣の中の新米騎士は、逃れようと足掻いているようだが、主の方が上手でするりするりとかわされ、逆に追い詰められている。そろそろ陥落寸前。 白毛狼は肩をすくめた。邪魔して馬に蹴られるのは真っ平ごめんだね。そこまで無粋じゃない。 狼が馬に蹴られるなんて恥もいいところだ。
完