青年はマオの腰をぐっと抱き寄せた。そして顎に手をかけ、口付けを交わそうとした瞬間、「ゲコー!」気合の叫び声と共に蛙が青年の顔にべったり張り付いた。 「うわっ、何する蛙人間! 離れろ!」 マオは、はっと正気に返った。ギリギリセーフ…… 体に残る甘い痺れ。青年がマオに何か仕掛けたのは明らかだ。 「ゲコゲコゲコー ゲーコー!」 「はあ? 色仕掛け? 失敬だな。代償に彼女を所望しただけじゃないか。彼女は処女だ。価値は十分さ」 蛙と青年は、問答を繰り広げている。二人は会話が成り立つようだ。 「ゲコ!ゲッコ!」 「魅縛の魔法? そりゃ、使うさ。当たり前だろ? そんなのは常套手段…… はっ」 やっぱり。 青年はとっさに後方に飛びのいた。 マオの剣が鋭く空を斬った。青年がいた場所だ。舌打ちとともに再び青年に襲い掛かかろうとする。それを避ける為に岸まで跳び、攻撃圏内から離脱した。マオの狙いは勿論、青年だ。凄まじい殺気が彼女を包み込んでいる。中々の腕前。流石、王子の護衛に選出されただけのことはある。 「まあ、まあ落ち着いて。話し合おうよ」 青年はマオをなだめた。しかし、人質の蛙はぎりぎりと握りしめている。岸に跳ぶとき一緒に持参したのだ。 「卑怯ですね。人質をとるなんて」 「一応、保険? キミは腕が立ちそうだから」 青年はマオに方目をつぶった。 「騙したのですか?」 それによっては蛙ごと斬る。こいつはただのエロ狼だ。 「違うよ、本気の所望さ。理を正すことにかわりはないから。でも他の方法もあるよ。知りたい?」 「……人の代償が不要なら、教えていただきたい」 「いいよ。教えてあげる。でも、ひとつお願いがあるな。その物騒な剣を仕舞ってほしい」 「はい、ではこちらもお願いがあります。蛙を開放してください。(そんなんでも)元同僚です」 「取引成立だね」 青年は笑顔で蛙を泉に放り投げた。 「結局、鍵も茨姫へ持参するわけね」 やっぱり、楽できない。ちぇっ、である。 エロ白毛狼が教えてくれた方法は狼がもっている「鍵」を「茨姫」に渡すことだった。銀色のただの鍵。 「不満を言うな。あれが茨姫の住処だな。……厳重だな」 ピョンコ、ピョンコと移動する蛙にマオは窘められた。狼が泉に放り込んだ効果か? 蛙語から人語へと大躍進を遂げたのだ。薄ら穢れた泉でもまだ清めの効果は残っていたらしい。蛙は号泣して喜んでいた。マオにはどうでもいいことだ。蛙になっても口煩さいホン・ハンには辟易している。 館は女性のウエストほどの太い棘がびっしりと絡みついていた。棘もビッグサイズだ。びっしり生えている棘に隙間はない。 「取っ手まで茨で覆われているわよ。来客対応はどうやっているのかしらね?」 森の端にある茨姫の住居に辿りついた頃は太陽が沈みかけていた。野宿を避けるには宿泊をお願いするしかない。 町人の話によれば茨姫もやはり気さくな人柄らしい。もっともその町人の言葉をうっかり信用したらエロ狼の毒牙にかかりかけたのだが。 視界が暗くなった。黄昏時から突然の夜の来訪に上を見上げる。 「あっ」 夜は巨大な生き物の影だ。その生物にマオはガシっと鷲掴みにされて、瞬く間に足が地面から離れていた。そしてグングン上昇していく。 「ひぃ〜、カ、蛙が服にくっついてる! いや〜〜、この服捨てる〜〜」 何時の間にかピタッとくっついて同行していた蛙にマオは悲鳴をあげ、蛙を振り払おうとばたつく。 「ば、馬鹿! そんな事言っている場合か! ゲコッ」 「きゃっ」 ぽすんと両名とも柔らかい場所に投げ出された。衝撃でフワフワの羽毛が舞い上がる。床には厚く羽毛が敷き詰められていて、最高の寝床がしつらえられていた。 それにしても鷲掴みからの僅かな移動時間、ここは一体何処だ? 「私の巣です。騎士殿」 強固な鱗に鋭い爪もつ足で茨の棘にもびくともせずネジくれた茨の蔓を止り木にしている巨大な鳥がマオ達に話しかけた。 ここは館に付属した塔の天辺に茨を利用して造営された巣。緋色の羽冠と翼、胸周辺は金、虹彩も金、嘴は黒。体長ほどある長い尾羽は虹色だ。極彩色な巨鳥、フレア鳥。それがマオ達を攫った正体だった。