「鍵をとっ替えればいい。だから、ちょっと地獄に行ってきておくれ」 外れ町の魔女の妙案?だ。 地獄から過去へ渡り、穢れる前の鍵と穢れた交換で一件落着。過去への渡りも未来への渡りも現世ではご法度の術だから、グレーゾーンの地獄でやることでそっちもクリアー☆というわけである。 「青い鳥は呪文なしで過去へ(未来へも!)渡れる特異体質だ。護衛に白毛狼も同行させるから、ちゃっちゃと、この一件終らせておいで」 「魔女殿は同行しないのですか?」 この魔女は創世の時代から存在しているとか?の眉唾噂も流布しているぐらいの超有名な魔女だ。同行してくれたらマオとしては心強い。 「……持病のしゃくが再発してね。年寄りは体のあちこちにガタがきて大変さ」 「はぁ、それは大変ですね(呆)……」 よよ、と嘆いて同行拒否する魔女である。背筋はシャキーン!の手元の杖は飾りと断言できるぐらい矍鑠としていても、年寄りは都合よろしく体調不良になるものらしい…… 「大丈夫ですよ♪ 僕がちゃんと護衛しますから。安心してください」 【鍵を交換するだけだ。魔女殿が乗り出す程の事ではない】 守護する森を放置→消滅させた職務怠慢な白毛狼とこんがりロースト★にしようと企んだ腹黒青い鳥を信頼する方が難しいんだよっ! という本音をぐっと腹にしまい、マオは覚悟を決める。 「……そうですね。ちゃっちゃと、速攻で終らせてきます。魔女殿、地獄への転移魔方陣をお願いします!」 ええぃ、女は度胸だ。とっとと、終らせてやろうじゃないの! 「タフですね〜〜」 【これなら、失敗しても再チャレンジ可能だな】 「ゲコリ!」 「一度で十分です。うぇっぷ……」 二匹と一羽の畜生達のマオを褒め称える会話がグッタリとしている彼女の頭上を通過していく。 あの後、魔女の家(魔方陣)→魔方陣発動時の発光現象に思わず瞬き→瞬き後の世界は既に地獄でした。と、閃光の如き地獄への転移は無事終了した。流石、高名な魔女の転移魔方陣。賞賛と感嘆しかでない。 問題は地獄から過去渡りの時空衝撃だった。何しろ、青い鳥は神鳥や神獣やしぶとい両生類と違う、か弱い乙女(人間)の立場をまるっと考慮せずに保護魔術無しで過去渡りを実行してくれたのだ。 お陰で時空超えの際、体の内側からひっくり返された挙句にみじん切りにされたような感覚を味わった。それも、「あらやだ、人間に保護術をかけ忘れた! テヘ☆ でも、無事だからいーじゃん」で、終了する非道さである。 「人間が保護魔術も無しで無事、時空を渡ったなんて! こういう事象をミラクルって言うんですよね!?」 【通常なら即死のフラグ立ちで地獄の住人の仲間入りだがな…… この件が済んだら念の為に医師に精密検査をしてもらえ。別の異常(人間でない証拠?)が見つかると思う】 「ゲコゲコ」 「………」 いや、だからそういう問題ではないのだろうと! 突っ込みたい気力も体力も回復しないマオである。流石は人外の生き物達。フォローする個所がずれているのであった……(涙 血の池地獄(憤怒者の地獄)−怒りに我を忘れた者が、血の色をしたスティージュの沼で互いに責め苛む。(※神曲ダンテのWikiより引用です) この地は憎しみに支配されている。目の前では亡者の醜悪な行為の数々は正視しがたい光景だ。亡者に気づかれないように白毛狼が結界を張ってくれても、匂いや光景まで見えなくなる訳ではないのだ。目前で親子らしき二人が殴り合いを始めた。向こうでは、男が女を沼に沈めようとしているではないか。その背後に別の女が刃物を振り下ろそうとしている。あちらでは多数が一人を相手に暴行している。死後の世界でも飽きることなく争う人間はどこまで愚かな生き物なのか。 「ゲッコ!」 酷い血臭に酔ったマオが沼に落ちかけるのを蛙が叫び、白毛狼が慌てて引き戻す。 「人間にはキツイでしょうけど、沼には落ちると亡者の仲間入りです。注意してください」 【お前が亡者になったら元も子もない】 「すみません」 生者である二匹と一羽と一人は、血の池地獄の片隅である瞬間が来るのを、息を潜めて待っているのだ。そう、王子が鍵を落とす瞬間を。