昔、昔、とある森の外れで鳥が一羽、封じられていました。理由は定かではありませんが、時の女神の嫉妬によるものだとも伝えられています。喋ることは封じられていますが、美声であった故に唄うことだけはかの鳥には許されていたそうです。それ以来、悲しい子守唄が夜な夜な聴こえていたそうですが、ある日突然楽しい子守唄が夜な夜な聴こえるようになったそうです。 悲しく唄う理由も、楽しく唄う理由も今となっては誰も知りません。ただ、この鳥の行く末は誰もが知っています。 みんなが口を揃えてこう言います。 「青い鳥と茨姫は何時までも幸せに過ごしました」とね。 【泣くな、我は喋ることは出来ぬが、唄うことは許されている】 彼はそう言って、昔、泣く彼女の為に子守唄を聞かせてあげたのでした。 「あの時、助けていただいた娘です。お礼にお嫁に参りました。不束者ですが、よろしくお願いします」 ある日、突然押しかけて、宣言して、深々と頭を下げた彼女に【彼】は硬直するしかありませんでした。 それ以来、(強引に)居ついた彼女は毎日家事をいそしんでいます。傅かれるだけの身分の彼女が…… 「夕食と朝食は一緒に食べましょう」 娘は提案します。食事は一人より二人の方が美味しいから。 【我は夜明け前には休む】 夕食は仕方がありませんが、彼は朝食だけでもとやんわりと拒否します。そう、彼は夜行性のオーロラ鳥で、彼女は昼行性のフレア鳥。生活リズムが真逆なのです。 「私が夜明け前に起床すれば問題ありません」 彼の提案は一蹴されました。 【何故、我のベットに潜り込む? 部屋はたくさんある】 毎夜、彼の部屋に押しかけてくる彼女に、精神的にも肉体的にも困っているのです。 「目覚めを貴方と共に迎えたいから」 【……襲われたらどうするのだ?】 「はしたなく思われないのでしたら、私が襲いますが?」 【……頼むからやめてくれ】 流石の彼も雄が雌に襲われるのは体裁が悪いと思う性質でした。 自ら大胆な発言をした彼女は真っ赤に頬を染めながらベットに頭から潜り込みました。彼女は今宵も此処で休むと決めているようです。 瞬く間にすやすやと、寝息を立て始めた彼女に彼は深い溜め息を落としたのでした。 「で、何、惚気に来たんですか? 彼女に振られたこの俺に! ふん、とっとと、館に帰りやがれ!」 悩んだ末、彼は友人の森の狼に相談を持ちかけたら、けんもほろほろに追い返されてしまいます。消沈して、とぼとぼと、夜明け前に帰宅した彼を彼女は笑顔で出迎えてくれました。 「お帰りなさい。朝食の準備が今、出来たところです」 どれだけ邪険にしても常に自分に笑顔と愛情を真っ直ぐに向けられる彼女の存在に耐え切れなくなった彼はとうとう叫びました。(※正確には彼は時の女神によって、声が封じられている為、手紙による叫びですが……) 【我のどこが気に入ったのだ!? 昔、この森で迷子になり、ピーピー泣いている、貴様を一時的保護しただけだ。そう、時の女神に封じられ、一生涯をこの地に縛られる我と総理神の先触れたる神鳥の貴様とでは住む世界が違うのだ。小娘の悪ふざけに付き合うのは御免だ! とっとと、出て行け!】 彼は長い間、独りでこの地に封じられていたので、愛情を素直に受け止めることが出来ない可哀相な性格になってしまっていました。 【それに、我の血筋は他になく、今や友も一人しかいない。貴様の実家のような賑やかな生活は望めない】 彼女の実家と一族は今や大変な権勢を誇っています。そして彼は封印される時に後々禍根を残さないよう、一族郎党は殲滅せられたのです。森の狼を除いて、友人もとばっちりを恐れて皆離れていったのでした。 月神(時の女神の母神にあたります)の計らいで満月の日は封印が緩み森を散策できること、そして毎夜、唄うことだけが彼に許された小さな自由だったのです。