町外れに一人の老婆が住んでいました。 性根が大層ひねくれていましたので、町人から陰で「ひねくれ婆さん」と呼ばれていました。 何しろ右と申せば左。下と説明すれば上。と解釈する有り様です。 『婆さん、うちのが産気づいた! 産婆を呼んでくれ!』 『もう呼んであるさ♪』 『気がきくな…… コイツは葬儀屋じゃないか!』 『先取りしてやったのさ ウヒヒ』 『このク○ババァ!』 このような感じで、周囲にコントを提供してくれていました。 そんな婆さんは一匹の狼と暮らしていました。黒いつやつやした毛並みに咽喉の部分だけ半円白毛の立派な若狼です。 お婆さんと若狼の馴れ初めは、禁色の森で衰弱した赤ちゃん狼に運悪く遭遇してしまい、仕方がなく家にお持ち帰りする羽目になったからでした。何故なら、「禁色の森で穢れにあうと呪われる」というはた迷惑な言い伝えがあったからです。だから町人達は滅多に禁色の森に足を踏み入れることはありませんでした。毎日のように森を散歩するのはひねくれ婆さんだけでした。 そんなお婆さんが(渋々)育てた狼は大人になった今では毎日森で狩をして獲物を持ち帰ります。年寄り狙いの悪徳セールスマンだって番犬顔負けで吠えて撃退してくれます。(もっともひねくれ婆さんにターゲットをロックインするようなセールスマンはは殆どが他所の町からきた物知らずばかりですけどね。狼がいない時から婆さんは散々、話相手をさせた挙句にびた一文買わずにセールスマンを箒で叩き出すのが十八番だったのです) さてさて、そんなこんなで三年と一日が過ぎた新月の晩、若狼は口を開きました。 「お婆さん、大変長らくお世話になりました。僕は今夜、森に戻らねばなりません。御礼に願いをひとつ叶えたいのですが」 なんとこの若狼は森の番人の末息子だったのです。 婆さん、眼鏡をクィとかけ直して、 「フフン、漸く森へ戻るのかい? 随分と時間がかかったもんだね」 「スミマセン。味噌っかすなので」 大人になりたての頃は咽喉元しか生えていなかった白毛が今ではぐるりと首周りから顔全体まで白毛にかわっています。闇夜の中でみるとはまるで満月のようです。偉大な祖父狼は尻尾の先まで白く、父狼も背中付近まで白毛に被われています。 森の番人は白毛に魔力が宿るのです。 大概の番人は大人になる頃には顔まで白毛に覆われるものだからです。その意味でいえば若狼は魔力が満ちるまでに随分と時間がかかっていますね。 「それで願いありますか(世界征服とかは無理だけど)」 「無いよ」 「そう言わずに(こんな時までひねくれたら困るな〜) 願を叶えるのが規則ですから」 「規則は破るためにあるもんさ」 「なに青春真っ只中の若者の台詞を言ってるんですか!? そんなんだから町内会長に小言を言われるんですよ!(この間も喫煙していた子供を無視して通り過ぎて… その後ろを歩いていた会長が子供に説教&鉄拳くらわしていたけど)」 「会長の熱血さは有名だからね。しかしねぇ。強引さとリーダーシップを混同するのが玉に瑕だね。奥さんもそれに何時も振り回されて苦労しているらしいね(自称だけどね)。ついこの間も立ち話序の愚痴に三時間つき合わされたよ」 「うわっ、それはキツイですね…… あの奥さんの機関銃トークに口を挟める猛者はいませんよ。ところで願い事を早く言ってくれませんか?」 「せっかちだね。強いては事を仕損じるだろ。明晩、答えるから今夜は休ませておくれ か弱い高齢者は労わりをもって接するもんだ」 「……そうですね。気が利かなくて御免なさい。じゃあ、明晩に願い事教えて下さいね。準備しておきますから(○ろしても死にそうにないと太鼓判の押されているけど。それに今日、森に帰れなくなってしまった。父さんの鉄拳確定だ…(涙)) じゃあ、お休みなさい、お婆さん」 さて、明晩、願を言ってくれないかもしれないと心配していた若狼の心配をよそに(なにしろひねくれ婆さんですからね)婆さんはキチンと願い事を言ってくれました。 「雪を降らしておくれ、今年は暑いからねぇ。老体には堪えるんだよ。雪でも降ればちったぁ、涼しくもなるだろう」 今年は暑さで倒れる人が続出しており、国から非常事態宣言が発令でる程の異常気象だったのです。 「まかして下さい!」 若狼は喜色満面でうなずくと空にある二日月に向かってハウンリングを始めました。 「オオーーン、オオーーン」 若狼の白毛から月光が溢れ、地上にも月があるのだと信じてしまいそうな程の、綺麗な綺麗な月の光が大地を照らしました。 するとどうでしょう、空から白くキラキラと降り始めました。そう雪です! 若狼の魔法が成功したのです。 「明日には一面の雪野原がみれます♪ 涼しくて過ごしやすくなりますよ!!」 大掛かりな魔法に初成功した若狼は有頂天で尻尾を振り振りお婆さんに報告しました。 「初めてにしては合格点だね」 ひねくれ婆さんは仰向け状態で宙に浮いている狼のお腹ワシャワシャのご褒美です。 「それではお婆さん、今まで育ててくれて有り難うございました。このご恩は一生涯忘れずに胸に刻みつけます。では、(今夜こそ)僕は森に帰ります。お達者で」 その後、弛緩する程お腹ワシャワシャしてもらった(笑)後で、若狼はお婆さんに今までのお礼と別れの言葉を告げ森に帰っていったのです。そして後ろを振り返らずに疾走していく若狼にはペロリと下をだしたお婆さんに気づくことはありませんでした… その後、若狼とお婆さんはどうなったでしょうか? 実は若狼が魔法で降らした雪は世界を涼しく、快適にしてくれましたが、その後、何時までたっても溶けずに大地を覆い続けました。その為に四季が狂ってしまい、大地に深刻な被害がでたのでした。これに怒った季節の女神様達が天の総理神様に苦情を申し立てる大騒動となったのです。 その罰で若狼は折角溜めた魔力が没収され、一から修行する為、再びおばあさんの家に居候することになったのでした。 そして、当のお婆さんはどのような罰を受けたのかでしょうか? 答えはお咎めなしです。それに納得がいかないのが若狼です。魔法を使ったのは自分だけど、そそのかしたのはお婆さんです。 「ずるいよ! どうして僕だけが罰を受けるんですか!? お婆さんにだってちょっとは天罰が下ったっていいじゃないですか!」 「酷いこという若者だ。まるで虐待だね……(目薬嘘涙) 第一、魔法を使った実行犯はあんただ。あたしは願を口にしただけさ」 「それに季節を狂わす程の魔法を思慮浅使うボンクラは罰を受けても当然さ 番人もこんな愚息をもって、さぞ恥ずかしい思いをしただろうね」 やる気ゼロの不貞寝状態の若狼にお婆さんはカラカラと笑います。 「息子があたしを罰するなんて一億年、早いよ。現役引退して野に下ったとはいえ、まだまだバリバリさ。アレがあたしに頭が上がるわけない」 「だからズルイんですよ…… 総理神様の母親だからお咎めないなんて」 ブツブツと文句を言い続ける若狼を先代の総理神(最高権力神)であったお婆さんは箒で外に追出します。 「そこに(不貞腐れて)いると、掃除が出来ないだろう。さあさあ、狩に行っておくれ。今日の晩御飯は鳥の丸焼(予定)だよ」 好物の鳥の丸焼と聞き若狼はご機嫌となりました。血気勇んで翔けていく現金な若狼を苦笑しながら見送ります。 ひねくれ婆さんは元神様です。夫と別れた(神様の世界にも離別はあるのです)後も仕事をしながら、息子(総理神)と娘(地母神)を頑張って育ててきました。仕事も子育てもひと段落ついたら、老後のhappyな人生を目標を夢見て、最高神の激務に耐えてきたのです。 この町は世界の外れにあります。リタイヤした神様や要人達の隠れ住むこの町の外れでひねくれ婆さんは今日も好きに勝手に過ごすのです。
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