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「貴女ねえ……」 テネラはフロルフロールの言い草に呆れ返りつつも、せめて一言、何か言い返そうと身を乗り出したとき、ピョンと蛙が跳ねた。 「きゃっ」 悲鳴をあげつつも、接触を間一髪避けたが、突然の無体な行為に思わず、心臓がバクバクしながらもイボ蛙を睨み付ける。なんなのだ、この蛙は! 「ゲコッ!」 イボ蛙の癖に俊敏な動きで必死に凄まじい形相でピョンピョンと跳ねながら入口に向かっていく行動にテネラは首を傾げた。 「………」 「どうしたのかしら? ……ちょっと、貴女、何をするの!」 フロルフロールはテネラに水盤を押し付け、必死に移動する蛙様に追いつくと、無言で蛙様をむんずと掴み、蛙をつかんだ右腕を後ろに大きく振り上げ、その反動で前方に振り戻して投げたのだ! 華麗なスリングショットで投げられた蛙様が、弾丸の如しすっ飛んでいく先は曲がり角だ。そう、このままだと蛙様は正面に壁に激突し、悲惨な出来事(内臓が破裂したスプラッタな死体)が起きることになる。 嗚呼、ぶつかってしまう! テネラは顔を手で覆い息を飲んだ瞬間、奇跡が起きた。 前方の曲がり角からこちらに向かって現れた青年の下腹部に激突しながらも、その反動を利用して見事に曲がり角を通過したを蛙様の勇姿と、声なき悲鳴をあげ、下腹部を抑えて悶絶する青年…… そして、その後を追うようにフロルフロールも駆け出して、テネラは置いてきぼりになる。 「ちょっと、待ちなさい!」 もう、一体、何がどうなっているのだ。 「賢者様が妖精の輪に巻き込まれました。行先は不明です」 「「なん」」「だとーー!!」「ですってーー!!」 賢者様が貴賓席におらず、周囲を探しても見つからず、ざわつき始めた頃、林から現れたフロルフロールからの報告を聞いたテネラは、貴婦人らしく卒倒しかけたところを傍にいた青年が支え、ビョルンヴョルンはフロルフロールに詰め寄った。 「どうするんだ!?」 「妖精の輪は天然の災害。どうする事も出来ません」 「そんな事は知っているさ! なんでお前そんなに冷静なんだよ!?」 顔も無表情だが、感情も無表情なのか、この女は! 「騒いで事件は解決しません」 ビョルンヴョルンは顔を真っ赤にしてフロルフロールに掴みかかろうとしたが、護衛の騎士団の一人が抑えこみ、騎士団長が問いかけた。 「フロルフロール、貴様は賢者様が妖精の輪に巻き込まれるところを見ていたのか?」 「そうです」 「助けに飛び込もうとは思わなかったのか?」 「ハイ。私が飛び込んでも、一緒に行方不明になるだけです」 団長は頷いた。 「賢明な判断だ。報告者がいなければ、手の打ちようがない。城への報告と高位の魔法使いに協力要請の伝令を急げ!」 周囲がバタバタと動きだし、お田植え祭り実行本部は対策本部に変わり、その騒動の最中、卒倒し、用意されたベットに横たわっていたテネラを看病していた青年は、彼女に心痛な顔で声をかけた。 「テネラ、大丈夫? どこか痛いところはない? 薬は? あゝ、僕が変わってあげれたら……!!」 「アクア、奴呼んで」 「あゝ、奴ね。今すぐにでも! ……ちょっと待って、テネラ、早まっちゃだめだ! 落ち着いて、ね? どうどう」 おろおろしながら宥めようとする青年の手を荒々しく振り払い、テネラは激昂する。 「これが、落ち着いてられるかぁ! デセプションの糞王子! あいつが原因でしょうがあぁ! あんのぉ糞餓鬼がぁっ はん、丁度いい機会、抹殺してやる!!」 「それは流石にまずいよ、他国の王子だ。ね? 落ち着いて、テネラ? 落ち着こう」 「五月蠅い! アクア、貴方どっちの味方する気? 裏切るの!?」 「そういう問題でなく……」 「じゃあ、どういう問題よ!? いいから、早く奴呼べえぇ!!!」 倒れたテネラ嬢の様子を伺いに訪れた騎士団長とビョルンヴョルン、フロルフロールは、扉の前にて激昂しているテネラと青年のやり取りを聞いて硬直した。そして、三人同時に深いため息がもれたのも仕方がないこと。 「「「…………(はあ、やっぱり原因は、お前かよっ)」」」 貴賓席で着席していなければいけない賢者様は林の中を歩いていた。最初はきちんと着席していたのだが、テントの端で目を潤まして、手招きして飛んでいる妖精と目が合ってしまい、妖精の後を追うように抜け出す形になったのだ。 妖精は目をウルウルさせ、手招きしては飛び回り、賢者様が追い付きそうになると、あれよあれよと飛んで距離が開く。それを幾度か繰り返し、林の奥へ誘い込まれて辿りついた場所は白いキノコが複雑な文様を描きながら円形に生え、燐光を放っている拓けた場。 妖精にばかりに注意を向けていた賢者様は、円に足を踏み入れてしまい、気づいた時は既に遅し。白いキノコの光が増し、円は眩しく輝き始め、空間が歪み大地に穴が開き、賢者様は飲み込まれるように消えた。 白いキノコの輪。通称、妖精の輪。天然の魔法陣。どこに繋がっているかは誰も知らない。賢者様の行方も、光が消える直前に飛び込んだ蛙も。
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