さてさて、賢者様は馬上移動(これも沿道に詰めている民達への絵になる&民へのサービス)にて神殿到着した後、即座に神官長と対談(対談タイトル『ハーゲン地方の発展とその歴史について』)して、休憩兼撮影後、ご自身もお田植え祭りに参加された。 「なんて可愛らしいんでしょう! まるで、田んぼの妖精のようですわ」 ハレ着(紺の単衣に赤い襷、白い手ぬぐい、新しい菅笠)の早乙女姿で登場した賢者様をテネラは賞賛する。 お田植え祭りとは10〜12歳の女児が早乙女姿で神田に入り、横一列に腰をかがめ、約20センチに育った稲の苗を植える、豊作と安全を祈願する農民にとっては大事な神事だ。 「神田に入る前に是非、写真お願いします。そこの苗をもって微笑んでください。公爵、賢者様とお並びに。ハイ、こちらの板を見てください、そう極上のスマイルですよ〜〜」 「ばっちり撮れました!! この写真は観光ガイドの目玉になりますね!!!」 賢者様を観光客の集客にテネラはがっつりと、利用するらしい…… ビョルンヴョルンとフロルフロールは賢者様が馬上移動している最中に車で裏道を飛ばして先に神殿に到着しており、ハーゲンサイドの関係者と準備にいそしんでいた。 神事は入念な準備と段取りが命だ。祭事の進行役の神官と最終チェックを済ませた後、彼は警備の見回りを行った。 なんせ、この手の祭りにお約束の盗撮とか、変質者とか、意味不明に、叫びながら、祭りに乱入する馬鹿とか………オッホン、ゴッホン、兎に角、油断は禁物である。 実はこのハーゲンの御田植え祭り、早乙女が愛らしい少女(広告も兼ねて、美少女厳選してます☆ byハーゲン観光課)ばかりなので、マニア達の間で評判のである。 神事に不埒な事を考えると神罰が下りそうなものだが、変態には常識は通じない。 そこに、我らが星の賢者様も、コスプレ参加皆と交流してみたいと、高潔な意見を仰られたものだから、彼女の麗しき肢体をハアハアと盗撮や視姦しようとするロリコン変態見物人から防衛する為、悪名高き黒い害虫が湧くが如く、至る所に潜んでいるので、その一掃作戦が決行されたのだった。 「お役目ご苦労。そいつ? ああ、ブタ箱にぶち込んどいて。少しでも怪しい動きする奴は問答無用でよろしく! ……ったくどいつもこいつも……」 一掃した筈なのに、懲りずに湧き出る変質者を捕獲する警備員に指示しながら息しつつ、神殿の裏手も入念にチェックする。盗撮も盗聴も不可能だが、身を隠すにはもってこいの場所でもあるからだ。 案の定、また湧いていた…… おマイら、他に考える事はないのか…… 「ハイハイ、そこのキミ達ぃ〜〜? その(盗撮)機材も、(等身大!)フィギュアも置いて、壁に手をついてね〜〜 うんうん、関係者ぁ? そっかあ、そーだよねーー……んなわけねーーだろっ このおお、ハアハア変態野郎!! おマイら、○ね!!」 気力体力が臨界に近づきつつあるヴョルンヴョルンが等身大のフィギュア早乙女にハアハアと鼻息荒い変態をどつき、ボコボコにしたのを責めるのは酷であろう。 そう彼は、 「この五日間、不眠不休で労働してんだよっ それもこれも、全ておマイら原因だっ」 いえ、原因はお役目放棄して、トンズラしやがった、デセプション王族です☆ 「地獄へ墜ちれ! ハアハア野郎に生きる価値はなし!!」 「ひぃーーー、た、助けてくれえ〜〜」 ハアハア変態男を殺意丸出しでボコっているビョルンヴョルンを、騒ぎを聞きつけた他の警備員が慌てて止めに入る。 「ビョルンさん! お、落ち着いて下さぁい!! ちょっと、ハアハア野郎本気で殺す気☆ですかあ!?」 「放せっ! こんなハアハアは俺様が駆除してやるっ その方が世のため人の為だっ」 「だから、神事前に血の穢れは禁物です!! あんたあ、この神事を潰す気か!? うわっ、駄目…… こいつ、マジ切れしてるよ…… おい、誰か騎士を呼んで来い!! でないとそこのハアハアが殺される!!」 ちなみにハアハアが保持していた等身大フィギュア早乙女は観光課の受付場所に飾られていた品であった事が判明して、ハアハアは不法侵入+窃盗の罪で御用になったことを追記しておこう。 頭に血が昇ったビョルンヴョルンが騎士から、「頭を冷やせ、ヴォケ!!」とぶん殴られている頃、『蛙様』を貴賓席へお連れする為に移動中のフロルフロールにテネラが声を掛けていた。 「まあ、これがあの『蛙様』ですわね?」 好奇心を隠すことなくキラキラと瞳を輝かせて、フロルフロールが抱えている水盤の『蛙様』に視線を向ける。 これがあの噂の『幸福の蛙』か。 この蛙に「あること」をすると、玉(逆玉)の輿に乗れると大評判なのだ。 「あたしの親戚の遠縁の知人の娘が玉の輿に乗ったって!」 「わしの婆さんの従兄弟の又従兄弟の息子が逆玉だと!」 「うちの……以下略」 「そこの……以下略」 と、テネラの耳にもあちこちの良縁の噂の噂が侍女から耳に入っていた。 「宜しければ……お試しになされますか?」 フロルフロールは『蛙様』をむんずと掴み、テネラの前に押し出した。 「グゲッゲゲ」 無造作に掴まれてジタバタと脚をばたつかせる『蛙様』にテネラは蛙の距離分、優美にステップ踏みながら後ずさる。 「……私には無理。遠慮しておくわ」 観察だけなら平気だが、触わるとか、ましてや、「あること」なんて……これは、かなりの試練だ。……皆、よく実行出来たものだ。庶民の玉の輿計画恐るべし。 「玉の輿に乗れるそうですが?」 「玉の輿は不要だけど、幸福な結婚はしたいわ。でも、『これ』は生理的にきついわ」 テネラは肩をすくめた。せめて雨蛙なら可愛らしいのに。目の前にいるのは蟇蛙(又の名をイボ蛙、がま蛙)だ。 「一瞬でもないのですが、僅かな勇気を一歩踏み出すことで、「幸福な結婚?」が手に入るかもしれません」 フロルフロールが(クエスチョンマーク付)強調した、「幸福な結婚?」のフレーズにテネラは心がグラリと揺れ動いた。 何故なら、本当なら、本当ならとっくに彼女は「幸福な結婚」をしていた筈だったからだ。が、「あいつ」の所為で結婚は白紙に戻ってしまったのである。 フロルフローラが蒔いた「幸福な結婚?」の餌に見事引き寄せられたテネラはグッと拳を握り締めて、再び『蛙様』に向き合った。 これは神様が与えてくれたチャンスかもしれない。 そう、よく見れば黒く円ら瞳で、体型だってずんぐりキュートで、いぼいぼの突起だって、黒と茶色のまだらの皮膚だって、全然、まるっと可愛いとは思えないけど!! しかし、ほんの少しの勇気と我慢で済む問題でもあるではないか…… 「そうです。全然、大したことありません。容姿なぞ、瑣末時なことです。どうぞ、ここは犬(正確には犬以下と思われ)でも咬まれたと思って、是非ともお試しください、『蛙様』との濃厚で甘美な口付けを! さあ、今こそ新たな世界への旅立の扉の瞬間です」 フロルフロールの励まし(?)にテネラは意を決して、実行に移しかけたが、ふとあることが気になり、行為をギリギリ寸止め回避して、フロルフロールに尋ねた。 「ちょっと、尋ねたいけど、貴女はその、『蛙様』と濃…口付け……「それ」を試したのかしら?(玉の輿に乗れたのかしら?)」 彼女は賢者に使える傍仕えの侍女とはいえ、庶民にすぎない。庶民なら玉の輿はやはり魅力であろうし、『蛙様』を乱暴に扱えるぐらいだから、生理的な嫌悪感もないと判断できる。 彼女も実行者の「お仲間」であるなら、自分もとても心強いし、安心材料にもなる。 そんな、テネラの淡い期待をマックスに込めた質問にフォロルフロールは無表情に吐き捨てたのだった。 「蛙と口付けなんて気持ち悪い。身も心も舌も穢れますよ。そう、人間として完璧にお終いです。こんな畜生に、人道外れる行いをするぐらいなら、私は尼になる道を選びます」