蛙との愛溢れる朝食を終えた主こと、星の賢者様はご公務に精をだす。早寝早起きがモットー(起床は日の出前!)な彼女は午前中に書類のサイン、昼食と午後は謁見をサクサクこなして、お茶の時間までには公務が終了する手際の良さである。 評すれば、真面目で真摯に勉強熱心に努力を惜しまず日々邁進する姿。執政者の鏡である。 「才なきものは努力で補うものよ」 賢者様は清々しく、キッパリ言い放ち、直轄地からの嘆願書、王からの依頼、王妃の側近からの苦情の処理とテキパキと指示をだしていく。 あれ? 何時もより書類が多い。それにこの苦情は…… 「なぜ<デセプション王家の苦情>まで、こちらに回ってくるのですか?」 確かにドラゴンキャッスルはフォーチュンに面した西海の天空に浮かぶ浮島で、直轄地もフォーチェンにあるが、中立の立場の賢者が一王家の苦情処理するのはおかしくないか? そんな誰もが抱いていた疑問をビョルンヴョルンは勇気をだして質問した。賢者様はこともなげに己の仕事としてこなしているが、どう考えても余計な仕事の類だ。本音を洩らすなら、したくない。 その上、流から考えれば、この苦情の処理はビョルンヴョルンに采配されるに決まっている。王妃と王子はトラブルメーカーワンツートップである。ビョルンヴョルンは苦情書類の束の厚さを前にして怒りがフツフツと湧いてきた。 「仕方がないの。王が寝込んでいらっしゃるから。お可哀相に…… せめて、私がサポートしてさしあげないと。ああ、フロル、ここを直して清書して頂戴」 「御意」 「成程、それはお気の毒です。是非、我々もお力に……(ん?)」 フロルフロールに書類の手直しを指示しながら、賢者様はサラリと説明してくださる。ビョルンヴョルンもついうっかりと納得しかけたが、慌てて頭をふるい、言葉を遮った。同情するお優しい心根は大変、ご立派です。が、何かが、そう、何かがおかしいです、賢者様…… 何故なら、 @王が寝込む時点で普通じゃない。そこから既におかしい。 A王のサポートは王妃と王子がするものだ。 B<王妃>と<王子>の存在が賢者様の口からでてこない。 ということは…… くっそ、王妃も王子もまたトンズラか? その上、原因はあの二人か!? そうなんだなっ!! もう、絶対、そうに決まっている! あーーもう、なんでここの王族はこんな奴ばかりなんだ! マオ、頼むから王子の監視だけでもちゃんとしてくれよ! お前は王子の近衛だろうがっ 毎度、毎度このデセプション王家の奴らが放りだした仕事がうちの賢者様に回ってくるんだよ! 勘弁してくれよ、ったく…… 王の側近に泣きつかれ、同情した賢者が快く仕事を引き受ける光景が脳裏にありありと浮かび、ビョルンヴョルンはガックリと頭を下げる。 この世界の東西に広がる大陸の西方地帯の呼称、フォーチュンに出現するデセプション王族に放蕩ぶりに思わず、<外れ町の魔女>※に呪詛依頼を真剣に検討したビョルンヴョルンであった。 伯父経由なら、きっと依頼可能な筈だ。前も鍵騒動もここの王家だし…… 依頼しても罰あたらないよな、きっと…… 五日後、デセプション王家の代理として、星の賢者様ご一行は東方大陸のホープにあるハーゲン地方に到着した。西方大陸と東方大陸との交換交流の一環である。 圧倒的な威圧と質感を振りまきながらも、着地の衝撃すら感じさせずに賢者達の騎乗したドラゴン達は静かに舞い降りた。が、着地の瞬間先頭を飛んでいた双頭竜は出迎えた相手の竜に対して威嚇を兼ねての咆哮を開始する。 「「ケシュアァァッ!」」 「シャァッ!」 「グォーーン」 「ダレットレムレーシュ」 ボスの双頭竜の啼き声に賢者サイドの竜も出迎えサイドの竜も咆哮するが、賢者の制止命令にピタリと鎮まった。そして、賢者が双頭竜の首筋をポンポンと撫ぜると双頭竜が尻尾でバンと地面をはじいて、頭をブルリと震わせた直後、口から劫炎を周囲に吐き散らした。 その<パフォーマンス>に民衆が歓呼した。 <これ>は予め来訪の際の組まれた予定なので炎が届く範囲に勿論、民が侵入出来ないように警備が配置されている。 「ハハハハ、平和ですねぇ」(護衛いらないな〜〜) 「まあなぁ、双頭竜だからな」(双頭竜に手ぇ出す馬鹿、いねーよ) 「ほお、あれが噂の双頭竜ですか? 迫力ありますねぇ」(おいおい、申請距離以上の炎吐いているぞ? 誰だ、確認した奴は!?) 「人に化けれるそうですね!?」(一度は見てみたいものだ!) 心の声がところどころ駄々漏れながらも、護衛の黒の騎士団も出迎えサイドの護衛も賢者と双頭竜のパフォーマンスをのんびりと眺めている。 猫が百年生きると尻尾が二つの、『猫又』になるように竜も千年生きると頭が増えて、人に変化できる『妖』の仲間入りとなる。その後、百年ごとに頭が増えていき、八岐になると『神』の仲間入りだ。一般生物の範疇から突き抜けた『妖』に属する双頭竜を調教できる星の賢者の「竜使い」の腕も既に匠の域である。 「カフバブレーシュ」 賢者が双頭竜に命じると竜の巨体がポンと愛らしい童子へと変化した。童子は民衆に向かって、初々しく一礼する。興奮が冷めない民衆から再び歓声が起きた。 歓迎ムード一色のハーゲン領にて、テネラ・アルミア・ハーゲンと賢者の挨拶が交わされた。気品と勝気さを纏う妙齢の次期女公爵である。 「ようこそ、ハーゲンへ。高名な賢者様をお招きできて至極光栄ですわ」 「こちらこそ、お会いできて嬉しく思いますわ。こちらの不手際を貴女の提案で切り抜けることができましたもの」 賢者は心から感謝の意を述べる。彼女は王族の代行フォローは出来ても交流先の民の不満までは緩和できない。王家より格下に位置する賢者が来訪する事実に不満をもつ者も現れるであっただろうから。 その王家の人間でない賢者が代行でハーゲンに訪れる事に不満ひとつなく快諾し、すかさず双頭竜のパフォーマンスを提案してきたのがテネラだ。根が真面目な賢者にはこの手のパフォーマンスは思いつかない。 この妙案によって民は双頭竜という珍しい生き物、『妖』にすっかり惑わされてくれた。王族が来訪しない不満はすっかり一掃されている。 テネラ・アルミア・ハーゲン。 三年前に本来の後継者、彼女の兄が失踪しても騒がれること無く、現公爵夫妻(両親)より後継者に指名された令嬢だ。 その後、挨拶はつつがなく終わり、賢者様御一行達は、目的地の神殿に出発した。 ※<外れ町の魔女> 世界の中心且つ、外れに存在するデレクション島の外れ町に住む有名な魔女。