自信がなくて、視線をそらして、後ろ向きの言い訳ばかりの彼の顔を彼女は自分のほうへ向き直しました。 「ねえ、聞いてくださいますか? 私は異父兄弟姉妹が数え切れないほどいます。仲も悪くありません。ですが、母の愛も独占できず、父は既に亡く、同父兄弟姉妹のいない私はあの城では孤独でした。貴方の境遇からしてみれば、贅沢な悩みだとはわかっています」 フレア鳥の長の長子である彼女は次代の長として誰もが丁重に扱ってくれました。気を損ねぬよう、傷つけないよう、怒らせないよう、真綿で包み、腫れ物を扱うように育てられていたのです。 「昔、森で迷子になった私を保護した貴方だけが私を叱った唯一人の方です」 【当時のそなたは酷い我侭で癇癪もちだったな】 彼は当時を懐かしく思い出します。 偶然、森で拾った迷い雛だった当時の彼女のあまりの粗相ぶりに尻をひっぱたき、父母恋しさに泣きやまない彼女に子守歌を歌ったのは目の前にいる彼です。 「父が亡くなり、母は他の夫達の元にすぐ通い始めましたから……」 フレア鳥は母系社会の一妻多夫制。寂しさを癇癪でしか表現できない雛は心配して欲しくて城を飛び出して、森で迷子になった時に彼に保護されたのでした。 癇癪もちの彼女から大変苦労して聞き出した断片的な情報から、彼女の素性を推測して彼は狼を通じて彼女の実家へ知らせを飛ばして、彼女はようやく無事に家に戻れたのでした。 「結局、迎えに来たのも母ではなく家臣でしたけど」 【子を愛していない親はいない】 悲しい表情の彼女を彼は慌てて慰めました。本音を言えば、あの時、家臣に迎えに来させた母鳥の対応に腹立たしさを感じていたのですが。 「わかっております。それでもあの時の私は母に迎えにきて欲しかったのです。ただの愚痴です。ふふふ」 母の跡を継ぎ長となった今の彼女に長の、母の大変さがよく理解できるから。 「でも、この話はもうお終いにしましょう。今の私には貴方がいますから。独りではありません。さあ家に入りましょう」 彼女は照れながらも太陽のように輝く笑顔を彼に捧げてくれます。 【ああ、そうだな…… い、いやそうではなくて! 我とそなたとでは立場やその他もろもろのしがらみや、色々問題が……】 彼女に促されて、手を繋いで家に入り、彼女の笑顔につられて笑う自分に我に返った彼は慌てて手を振り払い、狼狽しながら彼女の存在を自分の中から追出そうと足掻きます。 「心配はありません。すぐ下の異父妹が成鳥したら、長を譲る宣言を家臣にしております」 【………】(絶句、其の一) 「今後の生活に関してもご心配はご無用です。外れ町の魔女殿の下に正式に弟子になることが決まりました。私の才気溢れる才能をもってすれば瞬く間に一人前になる筈です。今後、貴方とこれから生まれる(予定な)子供達ぐらい、養うぐらいお茶の子歳々です」 【…………】(絶句、其の二) 「ねえ、青い鳥さん、私は母のようにたくさんの夫をもつよりも唯一人の夫と添い遂げたいと思うのです。幸い、貴方はオーロラ鳥、一夫一妻主義の方です。同族の夫候補より、貴方のような方が私にはぴったりなのです。それに迷子の私を貴方が保護した瞬間から、私と貴方の運命は決まっていたのです。勿論、顔も性格もその他全てが私の完璧な好みです」 【……………】(そろそろ思考が遠のきはじめる) 己の台詞に赤くなりながらも攻撃の手を緩めない彼女に、彼は(現実では家の隅に、精神的には彼女の手の平に)追い詰められていきます。 母親譲りの性格と評判のフレア鳥の彼女はとうとう、青い鳥を捕らえて、彼に向かって宣言します。 「貴方は何も心配する必要はないのです。今まで通り、この地で、この館で、籠の鳥として過ごしていけばいいのです。わかりましたか!?」 【……はい、わかりました】(もう、思考放棄決定) 彼は啄木鳥のような素早い頷きに彼女は嬉しそうに破顔しました。 「大変よろしいです。ああ、そうだ外で様子を伺っている狼さんも朝食に誘いましょう? 食事はみんなで食べるほうが、何倍も楽しいですから」 虚ろ、外に目を向ければ、庭の茂みから狼の耳と尻尾がぴょこぴょこ覗いています。どうも心配になって尾けてきたようです。 彼は彼女の命に従い、フラフラとよろめきながら友人の狼を呼びにいきました。 昔、迷子の雛をしばらく保護しただけで、自分の未来まで定まるとはどういうことだろうか? 何故、こんな結論になったのか、彼には理解できません。ただ、一つだけわかる真実がこれから淋しい夜に自分の為に子守唄を唄う必要はなくなるということだけです。 それは長い時間を独りで生きてきた彼の心に暖かい光を灯しましたのでした。 その後、彼と彼女の間には可愛らしい二羽の雛が孵り、彼と彼女と子供達は幸せに暮らしました。 時々、自分の不甲斐なさを落ち込む彼に友人の森の狼は尻尾でパシパシとはたいて、こう慰めてくれました。 「お前みたいな鳥生の殆どを幽閉されて育った世間知らずの優柔不断な、いわば、お坊ちゃま鳥が、あのフレア鳥の長として、現実世界に逞しく君臨していた彼女に敵うわけがないじゃないか? 悪いけど、この勝負なんて初めから決まっていたね。なあに、大丈夫。これからもお前は彼女の翼の庇護下で暮らしていけばいいだけさ」
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