「失礼」 フレア鳥は二人の前で巣の中の卵の向きを嘴で調節していそいそと抱卵している。ミルク色の巨大な卵。60シーエムはあっただろう。 「あなたが茨姫ですか?」 一応、確認。……違っていたらマジ洒落になんねー。 「ええ。繁殖期は人型では困るので、本性でごめんなさいね」 巨鳥はクックルと咽喉を鳴らす。 ほっ。命の保障は確保。巨鳥は巣の傍の茨の棘で嘴を磨いでいるが、棘が砂のようにサラサラと崩れていく。あのう、この棘、石みたいに硬いですが… 「ゲコーー、ゲコーー!」 同行者の蛙がピョンピョン跳びながら騒ぐ。 「黙んなさい!」 「グゲゴッ!」 蛙の飛び跳ね防止も兼ねて手元にあった鳥かごで殴りつけて大人しくさせた。コイツが飛び跳ねるので羽毛が雪のように舞い上がるのだ。これでは落ち着いて会話が出来ない。 「仕方がないわ。ここは私の領域。白毛狼の領域ではないから魔法が復活してしまったの。本当に完璧な魔法ね、素晴しいわよ」 フレア鳥の賛辞も蛙は虚しいだけ。 「ゲロロ……」 人間であるマオにはまるで理解できないが、やはり蛙との会話がここでも成立していた。白毛狼は月神に従属する神獣、フレア鳥は総理神の先触れを告げる神鳥だ。 どうも王子がホン・ハン(蛙)に掛けた魔法はそんな高貴な方々?が感服する程、実に見事だったようだ。白毛狼も「いやぁ、見事だね〜 言葉はなんとか中和できたみたいだね?」と唸っていた。 鍵を茨姫に差し出した。 「まだ、穢れているわね。泉の浄化能力にも限界はあるものね」 「ええ!? 穢れているんですか、これ!」 銀色の普通の鍵。白毛狼に放り込まれた蛙が泉から回収した鍵だ。余談だが死体らしきものも本当に沈んでいたらしい。ふられた男性の身投げの噂は本当だったようだ。 「そうなのよ、通常使いには支障がないレベルには復活したけど。高位の扉を開錠するのも、施錠にはまだ難しい状態ね」 「これは、どこの鍵なんですか?」 「扉の鍵達の<マスターキー>よ。某王子が、ついうっかり<血の池地獄>に落としてしまったらしくって、穢れてしまったのよ」 フレア鳥は溜め息をついた。 おい、ちょっとまて。「某」なんてつけているが、 「王子の称号を冠する者はこの世界では限られていますが」 「異世界にはたくさんいるみたいね」 神鳥様、そんなボケ回答要りません。脳内に浮かぶのは愛らしい外見の美少年。はにかむような笑顔で本性を知らない一般人(特に年増女性とある種の男性から熱狂的な支持がある)を騙している詐欺師のような少年。その実、内情はしれっと、騒ぎを起こして周囲の人々が後始末に奔走する厄介な人物で、「王子」での称号をもつ御仁は自分が護衛しているキィ。 「やっぱり、あいつが原因じゃない!!」 マオは黄昏の空に向かって叫んだ。 同日夜、鳥目で暗闇が苦手という茨姫に代わって、茨に張り巡らされた館にお宅訪問させていただいたマオだ。侵入経路は茨姫はたやすく嘴で茨を取り除いてくれて完成。 館の玄関ホールから階段で左側の廊下のすぐ一番目の部屋に青い鳥のねぐらがあると説明された。茨の蔓に窓を塞がれ、暗い館の内部だが、廊下のは足元を淡く照らす常夜灯が設置されていて、移動に支障はない。 目的の部屋の扉をノックした。青い鳥は夜行性の昼夜逆転の鳥らしい。なんでも大昔にこの館に封印されて以来、ヒッキーライフを謳歌しているとのこと。 【誰?】 扉の下の隙間からメモがすっと出てきた。一応、コミニュケーションはあるヒッキーなようだ。マオは腹に力を込めて声を出した。 「黒の騎士団第13編隊金曜部隊所属、マオ・シンユンであります。星の賢者より、貴殿を外れ町の魔女殿の元へお連れするように命令を承りました」 【いや】 「そこをなんとか」 【(・∀・)カエレ!!、暴力ブス】 ……このニート野郎、乙女に向かってなんたる暴言を。マジ許すまじ。そこの蛙もメモと自分を見てウンウンと納得するんじゃない! このままだと拉致があきません。大変心苦しいのですが、任務遂行の為に扉を開けさせていただきます。くっそ、押しても引いても、ウンもスンともしない。篭城ですかい。えーえー、ワカリマシタヨ。 ならば、目には目を刃には刃を、暴言にはその期待に応えましょう! マオは掌に気を込め、両拳に気を充填する。騎士は剣を振り回して戦うだけが能じゃない。目の前の扉には防御呪文は刻まれていないただの扉。では、参ります。粉砕GO! 「破嗚呼!」 気合裂帛とともにマオが拳を扉に叩き込む寸前に扉が横にずれた。勢いとともに部屋に転がるようにお邪魔して、絨毯に激突したマオの前にメモがヒラヒラと舞い落ちる。 【この扉は引き戸。ねえ、馬鹿なの?】